前回の記事で激増している適性検査型などの新型入試に関して書きました。
現時点で導入しているのは中堅校までで、難関校での導入はごく一部です。
この記事ではそれら新型入試に対する受験生側の対応策を書きます。
最初に厳しいことを書きます。
それら新型入試をこのように考えるのは間違いです。
「国際的な視点を持ち自己の表現力に優れているけれど知識の丸暗記量には自信が無い人が粘りと考察力で運が良ければ合格できるかもしれない」コース
思考力は知識の土台があってこその能力です。
知識の裏付けの無い論説は、単なる個人の感想ですから。
いくら独創性が有っても感想文で合格が勝ち取れるほど入試は甘く有りません。
記述式の答案を採点するシーンを考えてみましょう。
問題作成者(作成チーム)自身が、全ての答案に、精読レベルで、目を通すでしょうか?
もちろん、それが理想ではあります。
ですが、限られた時間内に数多くの答案を採点せねばならぬ訳で。
アシスタントを使ってなんらかのフィルタリングをする場合も多いのでは?
私なら、こうやります。
1:アシスタントチームに出題の意図を短い文章で簡潔に説明
2:数個のキーワードをリストで示し個数を数えるよう指示
3:日本語の文章としておかしい物にマークを付けるよう指示
4:キーワードの個数と文章表現のレベルでフィルタリング実施。
で、このフィルタリングを通過した答案を精査するわけです。
ビジネスの現場でも、大多数の定型的な処理はプログラムやアシスタントにまかせ、上級者は例外処理への対応に注力するっていうのが、精度の高い業務を効率的にすすめるたてつけですよね。
採点される側としても、問題作成者(作成チーム)にはボーダーラインの答案への精査に力を注いでもらえるのは望ましいことです。
このフィルタリングでは「期待する情報が漏れなく書かれているか」が入るはずです。
それが「答案に含まれるキーワードの個数」です。
記述式の答案に織り込むキーワードの源は、脳内の知識データベースです。
知識データベースの構築に必須なのが、知識の蓄積です。
私自身が中学入試の受験勉強をしていた数十年前から受験反対派が唱え続けているのが「知識の詰め込み教育」という表現です。
知識の詰め込みもせずに何を考えさせるのでしょうね?
明治維新の開国時期に、日本では西欧の文献を凄い勢いで和訳しました。
その和訳を多くの人が即座に読めたのは膨大な和製漢語の造語のおかげです。
その基盤になったのは江戸時代から続いた漢文素読、知識の詰め込みです。
今、あえて「知識の詰め込み」という表現を使いました。
知識の詰め込みとは、受験勉強をする期間内における手段です。
詰め込み教育をせずとも知識の蓄積をさせる方法はあります。
それは幼少期から身近に百科事典が有る生活をさせること。
全巻セットを揃える必要はありません。 数巻で充分です。
幼稚園児や小学校低学年の無限にも思える夏休み、暇つぶしにお煎餅をかじりながら寝っ転がって百科事典のページをめくる、これは貴重な体験になるはずです。
自分の知らない知識が世の中にたくさん有り、それを知る楽しさを味わう体験です。
その体験をして来た子は本格的な受験勉強に入ってからの暗記作業を苦にしません。
知識の基礎ができていない子が入学試験までに必要なレベルまで達するための手段、それが受験勉強としての「知識の詰め込み」だと考えます。
さて、
知識の基礎ができただけでは記述式の答案は作れません。
高い評価を得るためには、更に加えて必要な能力があります。
それは「なぜ?」を考える能力と、他人に意思を伝える能力です。
「なぜ?」を考える能力も、当然ながら確固たる知識データベースが必須です。
それに加えて考える訓練と、考えることを楽しめる心が持てればベストです。
これにも家庭環境が大きく影響します。
子は親の背中を見て育つもの。
たとえばEテレの「考えるカラス」
これを「見なさい」と強制された子よりも、家族が率先して面白がっている環境で育った子の方が伸びが良いです。
ここまで厳しいことばかり書いて来ました。
ワンチャンス狙いで思考力型入試を受験日程に織り込むのを否定はしません。
ただし合格は、奇跡的に知ってる知識がまとまって出題された場合、のみです。
設問の個数が少ないことで期待してしまいそうですが、すごいギャンブルです。
その意味で前回の記事では、第一志望校などの合格を確保した上でのワンチャンス狙いなら、これも「有り」ですね、と書きました。
しかし、6年生の冬が近くなった頃に学力が足りないと感じた場合、思考力型入試を織り込むのではなく、一般入試メインのまま残された期間にめいっぱいの「知識の詰め込み」を強制した方が有利だと私は考えます。
適性検査型の入学試験で高い評価を受けるための条件
A:確固たる知識データベース
B:推論能力、なぜを考える力
C:尋ねられている事を受け取る力
D:相手に伝える力
あらためて見ると、これらの能力って御三家クラスで問うていることですね。
適性検査型の入学試験ではなくても、なんらかの形で設問に織り込まれています。
このブログで記事にしている入試問題にも、これらの要素の濃いものが多いです。
端的な例が私立武蔵中学。
算数は大問が4問だけで、計算問題や一行問題は有りません。
途中式が非常に重視されます。
発想が良ければ解答そのものは誤答でも点数が付きます。
理科のいわゆる「おみやげ問題」も、なぜを考えさせ、それを表現させる設問です。
採点はとてもたいへんだと思いますが、これを数十年前から続けています。
【まとめ】
適性検査型入試を含め新型の入試は爆発的な広がりを見せ、そろそろ淘汰に入るはず。
受験生とその保護者様は表面的な情報に踊らされず、賢く使いこなして欲しいです。
あと、個人的な希望を述べるなら、
御三家クラス各校が本気で作った適性検査型入試ってものを見てみたいです。
2月4日か5日に追加試験の形で、若干名。
おそらく100倍を超える倍率になるでしょう。
それでも、2月1日から3日の期間に「やらかした」生徒に再挑戦の機会が生まれます。
学校側としても、とんでもない逸材を発掘する機会になるかも?