駒澤塾:中学受験の算数・理科

中学受験の算数・理科を中心に書いて行きます。駒澤が旧字体なのは検索をしやすくするためです。

先に解けるようになる、ということ

生徒が「わからない」と口にする場合、その原因は多種多様です。 原因をきちんと考えて適切な対策をするためには「わからせること」が「目的」なのか「手段」なのかを明確に考えておくべきです。 今日は「先に解けるようになって、後からわかる」ことは是か非かという微妙な話題になりました。  微妙な話題なので、今日、長いです。

 私は中学受験の勉強において「わからせること」は、得点力を上げるための「手段」のひとつであり、「目的」ではないと考えます。 単なる「手段」であるから状況によっては「わからないけれど正解は出せる」というのも選択肢のひとつとして残しておくべきだと考えるのです。

「わからないけれど正解は出せる」なんてとんでもない! そんなのは「丸暗記教育」じゃないか! という声がもうすでに聞こえる気がしますが、続けます。

 

私が中学受験の勉強をしていた50年前にも同じ非難をマスコミは繰り返していました。 それからずーーーーっと大手マスコミの受験への紋切り型の非難として「知識詰め込みの丸暗記教育」という呼び名が繰り返し使われて来ています。 

 知識の詰め込みもしないで何を考えさせるのだ? とか、覚える知識量が多い所だけ見てない?全体像を見て言ってるの? などという話は長くなるので改めて書くことにして、今日は受験勉強の視点から「詰め込みの丸暗記教育」と「考えさせ分からせる教育」のバランスの話です。

 

中学受験に向けて小学生を教えた経験のある人なら、小4か小5の生徒から次のような訴えを聞いたことがあるはず。

「わからない、わからない、わからない!」

 この訴えの裏側にある原因は生徒ひとりひとりで違うはずですが、かなりな割合で次のような心の叫びが隠れていると思います。

・ このあいだまでは授業は「よくわかった。」

・ 宿題もテストもむずかしいって思わなかったし、満点取ったらママもいっぱいほめてくれた。

・ でも最近の授業は「よくわからない。」

・ ノートを書き終わってないのに先生はどんどん先に行っちゃうし。

・ ぜんぶノートできた時にも宿題やテストに習ってないことが出るし。

・ 下がった点数を見てママは「頑張ってないからだ」って叱るけど、ちがうもん、頑張ってるもん。

・ こないだ宿題の問題が解けないときに「わからない。習ってない」って言ったらママは叱らなかった。

・ そうか、私が悪いんじゃないんだ。わからせてくれない先生が悪いんだ。

 

「わからない」ということを繰り返して言うようになった生徒、つまり問題を前にすくんでしまって解き方がわからないと言う生徒に対して私は「わからなくて良いんだよ。まず解き方を覚えてしまって、後でわかるようになっても良いんだよ。」と言うことがあります。 

もちろん私も、最初 っから、全員に、解法だけを丸暗記させておしまい、などという方法を主張しているのではありません。 新しい解き方の導入で、授業ではできるかぎり工夫をして「なぜ」ということを含めて教えるようにしています。 ただし「なぜ」を教えるのは、わかることを主目的にしているのではなく、思い出しやすくさせるのが大きな目的です。 つまり「手段」です。 

いっぽう、あえて「解法そのものの丸暗記」させておしまい、という場合も有ります。 そのひとつは受験の寸前になって必須の単元に大きな穴がみつかった場合です。 そしてもうひとつは、小学生が算数を嫌いになる最初の大きな壁である「分数の割り算」です。 

 

小学校で分数の割り算をどのように教えているのか、教科書を調べてみました。 下の図は学校図書株式会社の「小6 上」からの引用です。 (小学校では分数の除算を6年生の上巻で教えているのですね。 ちなみに四谷大塚の予習シリーズでは小4の下巻です。)

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この説明に使われている図は教科書の中でここまでに何度も登場しているので生徒は慣れている、ということを差し引いても、私はこの方法で分数の除算をわからせたいとは思いません。 その時間があったら演習を数多くやらせて計算の手順を叩き込んでしまいます。 だって中学校で数学の授業が始まってすぐ、式の変形・結合則と分配則・分数と除算の等価性あたりを勉強すれば分数どうしの除算なんて特に苦労せずにわかってしまうのですから。 

 

「学ぶ」という言葉は「まねぶ」ともいわれ、これは「真似る」とも同源だそうです。 そして単に真似るだけではなく、守破離(しゅはり)、つまり師匠からの教えを正確に受け、それを状況に合わせてバリエーション展開し、さらには新しい世界へ発展させて行くという道筋も学びの王道として広く知られています。

さて、どうでしょうか、学びの最初の一歩として解法を丸覚えしてしまうの言うのは唾棄すべき邪道でしょうか?

 

先ほどの「わからない」が続出し始めた生徒の例で、この段階で保護者様が塾の先生と相談して生徒本人の意識を含めて良い方向へ舵取りをできれば大きな改善ができる可能性があります。 

解き方の基本となる手順を最初に覚えさせて「わからないけれど正解は出せる」にしてしまう、そしてそのバリエーションを使えるようになったら頻繁に褒めてあげる。 そのポジティブな循環の中で本人のやる気もどんどんと醸成され、勉強がはかどり、身に付けられた解法のバリエーションが一定量を越えたときにふと気付くのです「あれ、最初の頃にわからないと思ってたのって何だったんだろう?」と。 これが「先に解けるようになって、後からわかる」ということです。

 

 

実は私自身が大学受験でこれをやりました。 きっかけになったのはムツゴロウ先生として知られる畑正憲さんの体験談で、ムツゴロウ先生が数Ⅲの解法丸暗記で大学に合格した話を読んで自分もやってみた結果、合格を勝ち取りました。 ずいぶん後になって和田秀樹さんの「解法暗記」というもの著書で読んで、我が意を得たりと言う気分になった記憶があります。 

 

繰り返します。 何から何まで丸暗記で良いとは言っていません。 つまづいた時の手段であり、最初の一歩を踏み出させる工夫です。

 

 

 

 最後にひとこと。

 

『意見には個人差があります』

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